本のアレルギーで悩んでいた友人

私の友人には本を読むとアレルギー症状が出る人がいます。理由は分からないですが、もしかするとインクが駄目なのかもと言っていました。たまにいるみたいですね。インクに反応してしまう人も。だから、小さい頃は読みたくても読めなくて、辛い思いをしていたそうです。小説が好きな友人なので、子供の頃は親に読んでもらっていたそうです。私からすると不憫でなりません。今もその症状は続いていて、いまだに読めないと悲しげに言っていました。
でも、最近ようやく読める方法を見つけたようです。それは電子書籍です。なんで今まで気づかなかったのかなって爆笑していました。私も言われて初めて気づきました。そういえば、電子書籍ならインクを使っていないのでアレルギーが出ませんよね。まだまだ本というと紙のイメージが強いんでしょうね。友人はタブレットを最近購入して、それで読むようになりました。本屋に行かなくても買えるので、案外便利だと嬉しそうに話していたので、私も嬉しくなりました。電子書籍にはこういった使い方もあるんですね。勉強になりました。みなさんの周りにも同じような症状を持っている人がいるかもしれませんが、そんな人には電子書籍を勧めてみてください。

知らない世界を覗けるのが小説の良さ

小説の良さは知らない世界を覗けることです。普通に生きているだけでは、そうそう経験できない世界のことも小説ならば気軽に覗くことができるのです。自分が知らない世界を覗くことで、知識も増えていきますし、そういう楽しさを小説で得てみてはどうでしょうか。もちろん、小説を読むにあたって何かを得る必要が必ずしもあるわけではないので、ただエンターテインメントとして読んでみてもいいのですが、せっかく本を読むならば小説を読みながら知らない世界に足を踏み入れてみてください。自分自身のリアルな日常を歩んでいるだけでも、日々様々な経験を積んでいくことができますが、その人生だけでは得られないこともたくさんあるわけです。そんなことを補ってくれるのが小説本というアイテムなんだと思います。小説があることによって自分の世界が広がっていきますので、せっかくの人生を幅広く生きるためにも小説を手に入れてみてください。たとえば裏社会なども覗けてしまうのが小説ですから、そんな良さを味わってみてください。また、金融業界や建設業界など、自分が働いていない世界のことも覗くことができますので、いろいろな仕事の世界も覗き込んでみてはどうでしょうか。

他愛も無い言葉の掛け合い

言われると嬉しい言葉は、言える事が出来るのであれば誰かにも言ってあげたい物です。ありがとうやこんにちはなどの他愛も無い挨拶も以外と心が晴れる物です。コンピューターや電話、ネットが広まる中、人と人との繋がりが少しずつ減ってきていると言われる中でも、近所のおばさんや知らないお掃除の人とかに声をかけられると、やっぱりいいもんだと思います。人間って一人で生きていると思いがちだけど、どこかで必ず誰かのお世話になってるし、迷惑もかけて当たり前です。持ちつ持たれつ、そんな事が以外と知らない所で起こっているものです。仕事が出来るねとか君は見込みがあるとか、上から目線での言葉は自分がそんな立場にならないと言うことは出来ないし、それなりの経験も必要となります。だからそんなたいした言葉をかけることは出来ないけど、公園をお掃除している人にご苦労様ですとか、本屋で声をかけてくれる店員さんにありがとうとか、それが仕事だとしても感謝の言葉ありがたいものです。自分が嬉しいと思うことは誰かにしてあげる、自分が嫌だと思うことは他人にしないようにする。簡単だけど気をつけないと間違える事もあります。一人でも多くの人がそう考える事が出来たらいいなと思います。

小説をいっぱい読むと文章のうまいヘタもなんとなく判る

小説は文章力の向上を目指している人にもおすすめしています。小説を読むと読解力などが身につくのは当然ですが、文章の善し悪しに関しても徐々にわかるようになってくるからです。善し悪しが分かってくると、うまい文章を真似しようという判断ができるようになるので、その結果として文章力も向上していくのではないかという考えです。もちろん、個人差があることなので、あくまでもひとつの意見として聞き流してもらえればいいのですが、読めば読むほどいい文章に出会える確率も上がってきますので、小説をたくさん読んで文章力の向上を目指すというのは、ひとつの方法としては覚えておいてもいいんじゃないかなと思います。どんなことでもそうですが、作品をたくさん見ればだんだんと目が肥えてきます。美術品などであっても同じです。美術品などを日々たくさん見ていくことによって、どのような作品が優れていて、どのような作品がそうではないのかということがわかるようになっていきますので、それと同じように小説を考えてみてはどうでしょうか。もちろん、物語を純粋に楽しむために小説は存在していますが、せっかくならもうひとつのおまけを狙ってみてもいいのではないでしょうか。

人の思いを思いやれる人になる為に

自分の思いや考え方をちょっと変えてみると、いつもは見えなかったものが見える時があります。それが物であったり人の気持ちであったり様々だけど、角度を変えてみると今まで自分が思っていた事とは違う事が見えたりします。海外に行った友達が、日本とは違う文化に触れ、物の見方や人との接し方が全く違う人と時間を共に過ごしてみると価値観が変わる、と聞いた事がありますが、そこまではいかないにしても、自分の思いを少し変えてみるだけで見えてくるものは変わってくるんです。当事者の人たちが見えない事が、第三者なら落ち着いて見る事ができるとか、ちょっとそんな感じでしょうか。全ての事にそんな上手く当てはまりませんが、頭ではわかっていても感情がついていかないとこは多々ありますから、それでも私はこう思うけどもしあの人の立場だったらどうだろうかと考えてみると、自分の考えにも違う方向性が見えてくるというものです。ドラマや小説を読んで、自分ならこう思わない、と思うことも一つの学びだと思うんです。そうやって自分とは違う思いを学ぶ事ができるのはとても大事だと思います。人の思いを知ってこそ心の大きな人になれると思うからです。まだまだ器の小さな自分だけど、色んな人の立場に立って考えられるようなステキな女性になりたいですね。

読書の合間のチョコレートで、お手軽セレブ気分

本を長時間読んでいると、だんだん頭が疲れてきますよね。ストレッチをしたり、目薬を差したり、お茶を飲んだりと、対策はさまざまだと思います。私の場合はチョコレートを食べることにしています。太らない程度にですが……。
このチョコレートが神さまの食べ物だったという話をご存じですか?チョコレートの主原料のカカオは中南米原産です。豊穣のシンボルとしてケツアルコアトルやウィツィロポチトリといった神々に捧げられ、貨幣としての価値も持っていたとか。そして食べるときは……今のおいしいチョコレートとはまるで違う、大変苦いものだったそうです。そのまま食べるとか。ローストしてすりつぶし、水で溶いて飲むとか……。やがてスペイン人が襲来したことにより、チョコレートはヨーロッパにもたらされます。長らく王侯貴族の飲み物として愛され、幾多の変遷を経て、今日の私たちの口に入るような、おいしいチョコレートとなったわけですね。
そんな高級品だったチョコレートを、一つ口に運びます……ミルク、ビター、ホワイト、ボンボン、ナッツ入り、クリーム入り。種類がたくさんあるので、その日の気分で選ぶことが出来ます。うん、とってもおいしい。ヨーロッパでは、本もまた長らく支配階級の専有物でしたから、読書の合間にチョコレートを食べるという行為は、昔のヨーロッパ人からすれば、とってもゼイタクな行為ということになります。そう思うと、毎日の何気ない読書もすごいことのように思えてきますね。

腹を割って付き合える友達

昔友達に言われた言葉なんですが、時間がないんだよねはいいわけだと言われました。時間は無いわけじゃない、作ろうとしないだけでしょって。気の強い子で、なんでもはっきり言うし隠さない、その分いい事も言うし悪いことも言う。でも正直なので嘘が無くてとてもいい子です。その言葉には裏が無いと思うので、ある意味いつもありがたいと思って聞いてます。行きたくない所に誘われたとき、やんわり断ろうと「時間ないんだよね」と断ったのが始まりでした。そういった断り方は、気の知れない友達や気を使わなくてはいけない相手でいいよ、興味が無いなら興味が無いで大丈夫って。仲がいいだけに正直でいいんだよと言ってくれました。嫌いな物は嫌い、それならそれでいいじゃないかと、皆の好きな物が一致するとは限らない、そういう子です。なので今はなんでも正直にはっきりと言えるお付き合いをしてます。興味がなくても挑戦してみてもいいと思うことはあります。言葉の裏に隠された物がない友達がいるとなんだかほっとします。表面だけのお付き合いも必要だけど、腹を割って話せる友達がいるという事はとても心強い物です。いつまでも正直で、隠し事の無いこんな関係が続けばいいなと思える友達です。

恥ずべき事ではないと思えたとき、前に進める

失敗を恐れていては前に進めないとよく言います。言いたいことは良くわかります。失敗から学ぶ事はたくさんあるし、ミスした事によってわかる度合いという物もあります。ネイリストの友達が、ある日ペディキュアをしている時、本に熱中していたお客さんの足を削りすぎてフットバスを血だらけにした事があると言っていました。まだ学校で習っている最中だったのと、怪我自体たいした事が無かったので良かったのですが、それ以来少し怖いと言っていました。でも、その失敗のおかげでどこまで突き進めていいのかを学んだと言っていました。行きすぎて初めてわかった事だと。怖いけど、要領がわかった分、いまやお店では一番足裏の処理が上手いそうです。だれもが失敗をおかします。ミスする事もたくさんあります。でもそれを恐れていては前に進めないんだと、彼女も言っていました。そんな事をいえる彼女がすごいと思えると同時に、私もそんな風に言える立派な女性になりたいと思えるようになりました。かといっていきなりどんどん突き進んで失敗ばかりするわけには行きません。でも前に比べたら、失敗をおかしてはいけないという怖さからは少し解き放たれた感じがします。失敗する事は恥ずかしい事だと思っていましたが、そうではないんだと。この気持ちを忘れず頑張っていきたいと思います。

大空から見る私達

鳥のように空を飛べたらいいなと子どものころ良く願っていました。夢で見る空を飛ぶ夢を見ると起きるとなんだかもったいない気がしてしまうほどでした。それでも嬉しい気持ちになり、その日は一日うきうき気分で過ごせた事を覚えています。今は大人になって、そんな事は夢物語だとわかっていますが、子供の頃はいつか人間も鳥のように空を飛べる事が出来るようになると信じていました。近い将来でなくても遠い未来に、いつか技術や方法が見つかって自由に空を飛べる事が出来たらいいなと今でも思います。なのでファンタジー小説を読むのが大好きです。ペガサスに憧れ、背中に乗って空を飛んでいる夢を何度も見た事があります。空を飛べる機械とか、近い将来は無理でも遠い未来に、今の世界の科学発展なんかを考えるとそんな物がいつかは出来るんじゃないでしょうか。近いものでは熱気球とかハンググライダーがありますよね。スカイダイビングは落ちていくのがメインなのでちょっと違うと思うんですよね。大空から眺める景色は心を大きく豊かにしてくれます。そして自分がいかに小さいかも教えてくれます。世界感、人生観を変えてくれる大空は、いつまでたっても憧れの場所であり続けそうです。

芯の強い素晴らしい人

周りのみんなと違う道を選ぶのは、結構大変なことです。社会人になってまた学校に通ってみるとか、変わった仕事をしてみるとか、ごく一般的に考えられる生活とは違う人生を歩んでいる人はすごいなと思います。周りからの反対もあったでしょう。親からの心配もあったことでしょう。結婚してれば相手から止められることもあるでしょう。それでも自分の進みたい道が正しい、どうしてもやり遂げたいと強く思う想いはとても素晴らしい物です。古くからの友人で、一般企業に就職して数年になる人がいます。彼女は私より数個年上で、とても凛とした女性です。彼女は昔看護師になりたかったけど、学校に受からず一般進学を余儀なくされました。その後もどうしてもその夢があきらめきれず、看護師になるために本をたくさん借りてきては自己学習を進めてきていました。でもやはり学校に通うのが常。一念発起して会社を辞め看護学校に行くことを決めました。社会人になってから改めて学校に行くとなると、若い人たちの中で少し浮いてしまうと言っていましたが、それもわずかな期間だと思えば、それで夢が叶うのだと思えばたいした事は無いと言っていました。そうやって思いを貫く彼女を見て、私も私なりに頑張っていこうと思わされる毎日です。