作家さんのペンネームの由来

小説家や漫画家のペンネームを見ていると「どうしてこの名前にしたの?」と思うことがありますよね。そんな時は調べてみると面白いですよ。「え!そんな理由でつけたの?」ってことがよくあります。中にはすごく凝っている人もいて、思わず感心してしまうことも珍しくないです。例えば、好きな作品の登場人物をモチーフにしている人もいますし、台所にあった調味料からヒントを得た人もいますし、本名を少しだけ変えてペンネームにしている人もいます。色々な作家さんのペンネームの由来を調べていると退屈をしません。
近頃は自分ならどんな名前にするんだろうって考えるようになりました。そして、この妄想が意外に楽しい!色々候補があって、友達に見せたら大爆笑されましたが。結構真面目に考えたのにな。自分で考えてみてペンネーム作りにもセンスが必要だと思いました。案外、真剣に考えようと思ったら思いつかないものです。こういうのって覚えやすい方がいいのか、インパクトがある感じの方がいいのか迷います。自分が考えたものはどっちかというとインパクト重視でした。そっちの方が逆に覚えてくれやすいかなって思って。とはいっても私はデビューする予定も全くないですけどね。あくまでもお遊びです。

せっかく買った小説を台無しに

先日、待ちに待った小説がようやく手元に届きました。忙しくて、本屋に行く時間がなかったので、ネット購入したのですがちょっと手違いがあったようで届くのに時間がかかったみたいです。届いた瞬間から読み出し、気づいたら朝になっていました。そして、翌日も仕事から帰ってきてすぐに読書を始めたのですが、その時に事件が起きました。ご飯を食べながら読んでいると誤って、その日食べていたハンバーグが本に落下したのです。しかも、ソースたっぷりのハンバーグです。慌てて拭いたら、そのページが破れてしまって、内容が分からなくなりました。ゆっくり拭けばこんなことにならなかったのに。1ページまるごと台無しになったので、そこに書かれていた文章が全く分かりません。想像でなんとか話を繋げましたが、けっこう重要な部分なので、気になって仕方がないです。せめて後書きとか表紙なら良かったのに。
ちなみに今回みたいなことは何度かあります。どうもおっちょこちょいの性格みたいで、前もハンバーグでやらかしました。私の中でハンバーグと小説の相性が悪いのかな。その前に食べながら読むなって話ですが。こういったことをする度に食事をしながらの読書はやめようと思うのですが、なかなかやめることができません。というかすぐに忘れてしまうんですよね。

本を預けってもらおうかな

本が増えすぎてしまったので、床がキシキシいって怖いです。このまま増やし続けると床が抜けそうな気がするので、どうにかしようと思っています。一番手っ取り早いのは、売ることですがせっかく集めた本を売るのは気がひけます。できれば、そのまま維持したいと思っているので、トランクルームを検討しています。トランクルームっていうのは、物置のレンタルのことです。月額数千円で借りることができます。自宅で保管できないものを預けられるので、便利なサービスですよね。前々から気にはなっていましたが、毎月数千円の出費が痛いなって思ってなかなか決心がつきません。周りに利用している人はけっこういるようですけどね。職場の先輩は冬用の車のタイヤとか子供のオモチャとか、スキー・スノボーなどを預けているそうです。他にも漫画やゲーム、コタツ、布団、自転車とかを預けている人もいました。なんだかんだお金を払う価値はあると言っているので、私も前向きに検討してみます。
ただ、問題があるんですよね。それはどうやって小説を持っていくかです。持っていくとしたらかなりの重労働です。業者に手伝ってもらわないと多分運ぶことができないので、お金がけっこうかかりそうです。

知らない世界を覗けるのが小説の良さ

小説の良さは知らない世界を覗けることです。普通に生きているだけでは、そうそう経験できない世界のことも小説ならば気軽に覗くことができるのです。自分が知らない世界を覗くことで、知識も増えていきますし、そういう楽しさを小説で得てみてはどうでしょうか。もちろん、小説を読むにあたって何かを得る必要が必ずしもあるわけではないので、ただエンターテインメントとして読んでみてもいいのですが、せっかく本を読むならば小説を読みながら知らない世界に足を踏み入れてみてください。自分自身のリアルな日常を歩んでいるだけでも、日々様々な経験を積んでいくことができますが、その人生だけでは得られないこともたくさんあるわけです。そんなことを補ってくれるのが小説本というアイテムなんだと思います。小説があることによって自分の世界が広がっていきますので、せっかくの人生を幅広く生きるためにも小説を手に入れてみてください。たとえば裏社会なども覗けてしまうのが小説ですから、そんな良さを味わってみてください。また、金融業界や建設業界など、自分が働いていない世界のことも覗くことができますので、いろいろな仕事の世界も覗き込んでみてはどうでしょうか。

昔と今では価値観も変わるので改めて読んでみる冒険

昔に読んだ小説を今になって改めて読んでみると、当時とは自分の価値観が違っていますので、昔は面白くないと判断してしまった小説であっても今なら面白いと感じることができたりします。昔に読んで面白くないと感じたら、その本をまた読もうとは基本的には思わない人が多いと思いますが、当時とは考え方なども違うわけですから、今も再び同じ結論になるとは限らないわけです。もちろん、残念ながら昔も今もやはり面白くないということになってしまう場合もありますが、そうではないケースもありえるのですから、とりあえずは読んでみたほうがいいと思います。昔あまり良い感想を持たなかった本がまだ手元にあればですが、もしもまだあるならば読んでみてください。半年や数年であればあまり価値観は変わらないものですが、十数年前などに読んだ小説であれば感想も違うかもしれません。逆パターンとしては、かつては面白いと感じた小説が今ならば面白くないというケースもあるので、それはそれで楽しめるのではないでしょうか。自分の価値観などの変化を感じることもできますので、自分を客観的に知るためにも昔読んだことのある小説に再び目を向けてみるといいかもしれません。

他愛も無い言葉の掛け合い

言われると嬉しい言葉は、言える事が出来るのであれば誰かにも言ってあげたい物です。ありがとうやこんにちはなどの他愛も無い挨拶も以外と心が晴れる物です。コンピューターや電話、ネットが広まる中、人と人との繋がりが少しずつ減ってきていると言われる中でも、近所のおばさんや知らないお掃除の人とかに声をかけられると、やっぱりいいもんだと思います。人間って一人で生きていると思いがちだけど、どこかで必ず誰かのお世話になってるし、迷惑もかけて当たり前です。持ちつ持たれつ、そんな事が以外と知らない所で起こっているものです。仕事が出来るねとか君は見込みがあるとか、上から目線での言葉は自分がそんな立場にならないと言うことは出来ないし、それなりの経験も必要となります。だからそんなたいした言葉をかけることは出来ないけど、公園をお掃除している人にご苦労様ですとか、本屋で声をかけてくれる店員さんにありがとうとか、それが仕事だとしても感謝の言葉ありがたいものです。自分が嬉しいと思うことは誰かにしてあげる、自分が嫌だと思うことは他人にしないようにする。簡単だけど気をつけないと間違える事もあります。一人でも多くの人がそう考える事が出来たらいいなと思います。

小説をいっぱい読むと文章のうまいヘタもなんとなく判る

小説は文章力の向上を目指している人にもおすすめしています。小説を読むと読解力などが身につくのは当然ですが、文章の善し悪しに関しても徐々にわかるようになってくるからです。善し悪しが分かってくると、うまい文章を真似しようという判断ができるようになるので、その結果として文章力も向上していくのではないかという考えです。もちろん、個人差があることなので、あくまでもひとつの意見として聞き流してもらえればいいのですが、読めば読むほどいい文章に出会える確率も上がってきますので、小説をたくさん読んで文章力の向上を目指すというのは、ひとつの方法としては覚えておいてもいいんじゃないかなと思います。どんなことでもそうですが、作品をたくさん見ればだんだんと目が肥えてきます。美術品などであっても同じです。美術品などを日々たくさん見ていくことによって、どのような作品が優れていて、どのような作品がそうではないのかということがわかるようになっていきますので、それと同じように小説を考えてみてはどうでしょうか。もちろん、物語を純粋に楽しむために小説は存在していますが、せっかくならもうひとつのおまけを狙ってみてもいいのではないでしょうか。

読書タイムが楽しすぎるので制限時間を決めてみたり

最近は読書をおこなう時間が楽しくて、ついつい時間が過ぎてしまっていることがあります。夜から読み始めたときなどは、さすがに日付をまたぐ前に寝ようと思っていたのに、気づいたら真夜中だったということがあります。翌日が休みの日だったので全く問題はなかったのですが、もしも次の日に、早くに起きなければならないタイミングだった場合にはさすがにこのようなことをしているわけにはいきません。そこで、読書タイムに制限時間を設けることも稀に実践しています。方法としては読み終える時間を決めることはもちろんですが、その上にアラームをかけるようにしています。携帯のアラームです。これをかけておけば、その時間になれば自動的に音が鳴ります。自分で制限時間を決めているだけの場合には、その時間が来たとして気づかなかったり、気づいても物語がおもしろいからと制限を無視してしまいそうだったので、アラームをかけるようにしています。アラームは大きな音が鳴りますので、どんなに小説が面白かったとしても、一旦は集中を切らせてアラームを止めなければならないので、そこで諦めて小説を読むことをやめられるのです。それぐらい小説が好きということなんです。

人の思いを思いやれる人になる為に

自分の思いや考え方をちょっと変えてみると、いつもは見えなかったものが見える時があります。それが物であったり人の気持ちであったり様々だけど、角度を変えてみると今まで自分が思っていた事とは違う事が見えたりします。海外に行った友達が、日本とは違う文化に触れ、物の見方や人との接し方が全く違う人と時間を共に過ごしてみると価値観が変わる、と聞いた事がありますが、そこまではいかないにしても、自分の思いを少し変えてみるだけで見えてくるものは変わってくるんです。当事者の人たちが見えない事が、第三者なら落ち着いて見る事ができるとか、ちょっとそんな感じでしょうか。全ての事にそんな上手く当てはまりませんが、頭ではわかっていても感情がついていかないとこは多々ありますから、それでも私はこう思うけどもしあの人の立場だったらどうだろうかと考えてみると、自分の考えにも違う方向性が見えてくるというものです。ドラマや小説を読んで、自分ならこう思わない、と思うことも一つの学びだと思うんです。そうやって自分とは違う思いを学ぶ事ができるのはとても大事だと思います。人の思いを知ってこそ心の大きな人になれると思うからです。まだまだ器の小さな自分だけど、色んな人の立場に立って考えられるようなステキな女性になりたいですね。

幸せの形って

幸せって、物を買ったりした時にも得る事ができますが、最近はその考えも少し変わってきた気がします。もちろん欲しい物が買えた時、もらえた時なんかはとても嬉しくなります。でも、幸せって形ではなくて気持ちの問題だと最近思うようになったんです。それを感じる度合いって人によって違うと思うし、どんな事で幸せだと思うかも千差万別です。でも感じる度合いが広ければ広いほど、きっともっと楽しく生きていけると思うんですよね。幸せを感じるレベルが低いと言うと、なんだかちょっと変な感じもしますが、それだけ色んな事に喜びを見出せる事だと思うと、決して悪いことではないと思います。何かを犠牲にして得たとしても、それがいつもプラスの感情になるとは限らない。結局気持ちの問題だと、どこかの本に書いてありました。人を踏み台にして幸福を手にしても、罪悪感などで幸せになりきれないということだと思います。もっと毎日を楽しく生きていける幸福感があれば、きっと歳をとって自分の人生を振り返った時、あぁいい人生だったと思えると思うんです。ひどい事したな、あんな事するんじゃなかったと思える事が少なければ少ないほどいいなぁと思います。物に頼りきらず、心の中から幸せだと思える毎日を送りたいですね。

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