読書は見栄ですることじゃないので面白い本を選ぶ

読書を自分をよく見せるためにおこなっている人もいます。本当はそのような内容の本に興味がないというのに人からよく見られたいからと言って、無理して難しい本を読んだりという人もいます。ベタなところで言えば、ドフトエフスキーなどをこれみよがしに読んでいる人もいます。たしかに、その本が悪いわけではなく、とてもいい本ではありますが、本当に自分が興味があるのかということが問題なのです。このような本を単に自分をよく見せるためだけに読んでいて、実際には読みながらも中身がまったく頭に入ってこないとか、ほかのことを考えてしまっているというようなことになりますと、それではただの時間の無駄ということになってしまうので、まわりからの見られ方なんてどうでもいいので、とにかく自分が純粋に読みたいと思っている本を手にとって、それを読むようにしたほうがいいと思います。読書というのはアクセサリーなどとは違って、自分が好きだからこそおこなうべきもので、人からの見られ方というのは二の次でいいと思います。そこにばかりこだわっていても何も得られるものはありませんから、自分が興味があって本当に読みたいと思うものだけをセレクトしていきましょう。

少しずつ空き時間に読むタイプと一気読みタイプがいる

本の読み方というのは人それぞれいろいろなタイプがいるのですが、こればかりは個人の好みでおこなっていくようにしましょう。どのようなタイプがいるかと言えば、おもに二つあると思います。ひとつは毎日少しずつ読んでいくタイプです。そして、もうひとつは一気に読んでしまうタイプです。どちらがいい悪いではありません。どちらもいい部分がありますので、自分がどちらに向いているのか、どちらの読み方のほうが楽しい思いができるのかは自分で判断していくようにしましょう。一気に読んでしまうと、続きが気になるということにはなりませんが、それなりの時間がかかります。そして、少しずつ読んでいくパターンだとちょっとした時間などを使って少しずつ読書をおこなっていくことができますが、その反面、続きが気になるということになるかもしれません。どちらも一長一短と言えるのですが、どちらが最適なのかは人が決められないので、まずは自分で両方のパターンを試してみてもいいかもしれません。時間がかかってでも一気に読みたい人もいるでしょうし、そんなまとまった時間が作れないというなら少しずつ読みすすめていったほうがいいわけですから、いずれにしても自分で決めましょう。