心が打ちひしがれてもその根底には日常がある

短編小説のようで、実は全ての話が一つの線で結ばれている作品を読みました。戦後の混沌とした中で生きる家族を描いた物語ですが、客観的にかつ冷静に物事を見つめており、現代における家族を描いているような気分にもなる、一風変わった小説でした。
作品の中では日常の暮らしが事細かに描かれていましたが、父の失踪と死やその背景にある内縁の妻の存在など、複雑に入り組んだストーリーが展開されていました。エモーショナルに心情を描いた文章ではないため、知られざる真実を目の前にしても「そうだったんだ」と妙に納得してしまうところが、この小説の面白いところだと感じました。
私達は力を抜いたり、意気込んでみたり、切なくなって涙を流すことなど、心と感情が交錯しながら暮らしているような気がします。またどんなに平常心を装おうとも、悲しみや喜びに一喜一憂するのが現実だと思うのです。この作品は不条理な現実や深い悲しみに襲われたことを描く時、必ずと言っていいほどその背景が表現されています。例えば夕飯の食卓に並んだ豚肉の匂いやその時着ていた洋服の色など。それらのことからは、どんなことがあっても、日常がしっかりと根付いていることを知る事ができます。それは特異なことに思えるかもしれませんが、心にドスンとくるような重大な出来事を思い出す時には、意外とその時感じた匂いや風景などが頭をよぎるのかもしれません。こうしたことを考えると、この小説はリアリティと人の常が鮮明に書かれていることを改めて気付かされたのでした。