予想外の幸せ

全く期待していない時に思いがけず嬉しいことがあったら、それはもう幸せな気持ちになりますよね。たとえば、入試や何かの試験です。そりゃ、受かりたいという気持ちはあるけど、考えれば考えるほど、きっとダメだって思えるとき。問題を解けたという感覚を持てなくて、どう考えても落ちるだろうと諦めていたときに、まさかの合格の知らせがあったら飛び上がってしまいます。嬉しい気持ちって、予想外のときには驚きと喜びが入り混じって押し寄せてきますもの。
私は仕事でもそんな経験があります。たぶん契約にはならないだろうと完全にあきらめムードだったのに、思いがけず契約に繋がったことがあったんです。もう天にも昇る気持ちになりました。心臓がドクドクと鳴りだして、うまく次の言葉が見つからないような……幸せだったなぁ。今、読んでる小説にもそんな場面があったから、ついその時のことを思い出してしまいました。小説の主人公は銀行からの融資を断られると思っていて、今後のことを考えると道はなく、もうダメだと思い悩んでいました。相手の言葉を聞く際に、完全に断りの言葉を受ける覚悟をしていたんです。そうしたら、予想に反して融資をしてくれるという返事だったんです。彼はあっけにとられるというか、ポカンとしていたという感じです。あ、もちろん、これは実際には見たわけではないから文章からのイメージですけどね。でも、本当に主人公の喜びを感じることができたから、自分自身のことも思い出したんです。そんな風にすごく幸せなことって、最近何かあったかなぁ。

こだわりの物ってなんだろう

先日、『一流のリーダーたちのアクセサリーが控えめな理由』というコラムを読みました。私はそのコラムに書かれているような超一流のリーダーの方なんて知人にはいないから、ピンとはこなかったんだけど、その内容はすごく納得できるものでした。ビジネス本にもよく出て来る『一流』という言葉。そんな人々は自分のこだわりを持ってアクセサリーを選んでいるというのです。「周りの人が欲しがっているから」とか「多くの人達が買っているから」などの理由で購入することなんてないんです。全て自分の価値観に基づいているというんです。それは自分なりの意味があって、ここぞという時に身に着けるものなのです。そして、絶対に見せびらかしたりしないんですって。だから「一流のリーダーはゴールドの腕時計をしない」なんて書いてありました。むしろ、見え隠れするもの、垣間見えるものにこだわり、そこに装いの美学が生まれているんですって。
そのコラムには、ある男性のお話が載ってたんですけど、彼のこだわりは『カフス』でした。それを読んだ瞬間、「そういうことか」と理解できました。周りの人や流行りに踊らされることなく、自分なりの装いの美学を持っている人って、想像しただけで素敵ですよね。
私もひとつくらい、何か自分なりのこだわりを持ちたいなって思ってしまいました。

『ありがとう』反対語は……

何事に対しても「ありがとう」って言える人は素敵だなって思います。なんとなく言いそびれたりすることだってありますもの。先日、『ありがとうを育てるコツ』について書かれた記事を読みました。そもそも『ありがとう』って言葉は仏教から来た言葉なんだって。「有り得ないほど嬉しい」と感謝することなんだそうです。そして、「有り得ない」の反対は「当たり前」なんだって。だから、日常で『当たり前』だと思うことをやめれば感謝できるって。例えば、毎日当たり前に通勤電車に乗っていることだって、電車が時間通りに運航しているのは、運転士さんやダイヤを組んでくれる職員さんのおかげだと考えれば、感謝できると書いてありました。本当にそうですよね。
そして、感謝をするということは脳にも良いんだとある医学博士の話が載っていました。ポジティブな感情を多く抱く人とネガティブな感情を多く抱く人とでは、その画像診断でも差が現れるんだそうです。ポジティブな人の方がより成長しやすい状態になってるんだとか。
感謝することが大事だとはわかっていても、「ありがとう」の反対が「当たり前」だなんて今まで考えたこともありませんでした。でも、本当に『当たり前』だと思うのをやめれば、絶対に気持ちは変わりますよね。